わたしとかなこ 2

かなことは幼稚園から中学校まで同じ時間を過ごした。お互いゲームや漫画が好きで、近所に住んでいたから、よく家を行き来して遊んでいた。聖剣伝説3はよくできたゲームで、当時にしては珍しく(?)2コンプレイが出来たので、きゃあきゃあ言いながら何度もマナの女神を救った。お互い好きな男の子が出来て、ああでもないこうでもないと助言をし合った。絵を描くのも好きだったから、目が大きい美少女が出てくる冒険漫画を交換しながら描いた。はじめてかなこの家でお泊り会をしたときは、ありがちな話だがお互い全然眠れなくて、次の日グッタリしながら家に帰った。睡眠不足でも「今日は帰らなくていいんだ」というワクワクしたうれしさを夜更かしして楽しんだ思い出で胸がいっぱいだった。

 

リップの入ったショッパーを背中に置いて、席に着いた。買い物を終えて昼食をとることにした私たちは、同じメニューを頼んだ。食の好みも似ているのだ。当時から変わってないんだなと少し懐かしい気持ちになった。会わない間にかなこが全然違う人になってしまっているのでは、いや少しは知らない面が増えていないとおかしい、と緊張していた私は、今思えばむしろ必死になってかなこの新たな一面を探そうとしていたが、拍子抜けするほどかなこはかなこだった。

 

高校生になってかなこは隣県に引っ越した。高校は別々のところに進学した私たちだったが、相変わらず年に数回は会っていた。「同じ高校に通おう」なんて、世間の仲良しは言うのかも。でも、私は私、かなこはかなこ、それぞれ独立した世界を持っていることをお互い理解していた私たちは、合格したあとに学校名を明かしたくらいだった。この少しドライなところが私は気に入っていた。

高校生になったかなこはお化粧を覚えた。私は田舎に住む陰気なオタクだったので当時そういうものに興味はなかったが、かなこは陽気なオタクだったので、どんどん新しいものを取り入れていた。初めてお化粧をした顔で現れたかなこを見て、絵がうまい子はお化粧も上手だなと思った。それをそのまま伝えたら怒っていた気がする。

 

「めへさんさあ、最近どうなの」

かなこは多分仕事のことを言っているのだろう。私が就職して少ししてから喧嘩をしたので、実際かなこは私の仕事のことをほとんど知らない。なるほどかなこも私の新しい一面を探そうとしているようだ。

私は一般企業のしがない事務職なので、正直この手のものへの回答は困窮する。「別になんもないよ、普通」というセリフを本当にそのままの意味で言える自信がある。ほかの企業のことは知らないが、弊社の場合は事務職に何かあるときっていったら、そりゃあもうすごいやばいときなのだ。だから「なんもないよ」と言えているうちが華だということをよく理解している。

「別になんもないよ、普通」

言った後に「あ、つまらなかったな」と少し後悔したが、真実だった。そっとかなこの顔を見る。彼女はきょとんとした顔でこう言った。「違うよ、ゲームとか漫画とか。ハマッてるもののことだよ」

ほんとに彼女は、根っこは全然変わらないのだ。そしてそういう人は、こちらのこともそうだと思っているようだ。

 

高校を卒業し私は大学生に、かなこは専門学校生になった。かなこは昔から絵がうまかった。グラフィックの学校に通うとかなこから聞いたとき、ぴったりだと思った。絶対に有名になったら一番に作品を買うとなぜか私の方が興奮した。

専門学校は忙しい。このころになるとかなことはさすがにあまり会えなくなってきた。一方大学生の私は能天気なもので、人生で一番楽しい学生時代を過ごしていた。新しい友達が出来て、車に乗れるようになって、ある程度まとまったお金を手にするようになった。夜まで遊んで、学校も楽しくて、授業も嫌いじゃないし、教授もみんな優しくて、友達はみんないいひとだった。かなこを代表に、常に人に恵まれることが私の持っている最大の幸運だった。

能天気な大学3年生の私と、社会人1年目のかなことの間には知らないうちに少しずつ隔たりが出来ていたと思う。私からすればかなこはずっとかなこのままだったが、かなこからすれば私はお気楽な大学生だった。かなこが仕事で遅くまで頑張っているとき、私は初めてできた彼氏に夢中だった。かなこが仕事を持ち帰って土日も働いているとき、私にはそもそも土日の感覚がなかった。私は大学3年生で、本当にその通りの生活をしていたが、社会人経験を積み重ねはじめたかなこからすれば、私はとっくに違う世界の人間だった。

 

変わっていると思い込んでいるのは私だけなのかとこちらが面食らった。「ああ……そうね最近はモンハンばっかりやってるよ」と動揺しながら回答すると、それには私も少し興味を持っていたとかなこが身を乗り出してきた。新しいものを取り入れようとする姿勢は当時のままだった。

私たちはお互いの"自ジャンル"についてプレゼンを行った。かなこは好きなアニメがどれほど素晴らしいかを、順を追って説明してくれた。そして流れるように「今度そのアニメの映画がやるから、観に行こう」と私を誘った。あ、次の約束……。初恋かよと笑えるほど次の約束がうれしかった。何年も次の約束がなかった我々が、なんの違和感もなく次の約束を取り付けることができていることがうれしかった。

 

かなこに遅れて2年、大学を卒業し私は社会人になった私はことあるごとに「これを20歳のときに経験していたのか」と何度もかなこに思いを馳せた。楽しいこともたくさんあったが、うんざりすることも同じくらいあった。陰気なものだから、後者の方が印象には強く残る。

かなことは変わらずたまに遊んでいた。お互い社会人になったおかげで遊ぶ時間はぐっと減った。日曜日ではなくなるべく土曜日に遊ぶようになった。あまり遠出もしなくなった。そしてあるとき、こんな約束をした。働いてお金をためて、ハワイに行こうよ。私もかなこもいいねと笑いあった。でも、かなこはこのときから多分、本心じゃなかった。